ジム・モリソン 1943-1971
7月3日・・・、
ジム・モリソンが死んでから、今日でちょうど37年です。
同じ年に生まれてる俺も37歳という事になります(^^)。
ドアーズの最高傑作といえば、
間違いなくセカンドの『まぼろしの世界』でしょう。
「個人的ロック名盤・45位」
(ただ順位は適当なので、『ハートに火をつけて』と一緒に10位くらいにしてもいいぐらいです。)
ファーストほどキャッチーじゃないし、
「ハートに火をつけて」みたいな大ヒット曲はありませんが、
アルバムトータルの完成度を考えるとこれでしょう!
ロック史に残る独特なジャケットは、ファーストのジャケットが嫌いだったメンバーが、自分たちの写真をジャケットに使わないことで、エレクトラと一戦交えて、小人や怪力男といった人たちをサーカスから探してきたそうです。
ところで、ドアーズって今いち世間的評価が低いような気がするんですよね、ヴェルベット・アンダーグラウンドやプロト・パンクのバンドに比べて。
ドアーズを知らない人が聴いたとして、たしかに一聴しただけでは、その良さは分かりにくいんじゃないかという気はします。
見かけ的に轟音ギターだとか爆音を鳴らしたりといった「ガツン!」とくるような音楽じゃないし。かといって聴きやすいというのでもないし。
ジム・モリソンの圧倒的なカリスマ性とオルガンをフィーチャーした、独特の音楽性から、フォロワーは皆無(真似が出来ないので)でした。
しかし、その後時代を超えてドアーズに影響を受けたアーティストがたくさん出てきました。とくにパンクの精神性を持つバンドに。
イギー・ポップやパティ・スミスはジム・モリソンの大ファンだったし、
テレヴィジョンは、ドアーズの所属していたレーベルという事で、
「エレクトラ」と契約し、ストラングラーズは「パンク版ドアーズ」、
エコー&ザ・バニーメンは「ネオ・サイケデリック」と呼ばれ、
ヴォーカルが詩人で、ヘンテコなオルガンのジョナサン・ファイアー・イーター、それらの集大成として登場したのがジム・モリソン風の詩を歌ったストロークスでした。それからも不穏な音を鳴らしたブラックレベル・モーター・サイクル・クラブと、思い浮かぶだけでこれだけです。
ジェフ・バックリィもジム・モリソンの大ファンでしたね~。
~ドアーズがパンク・ロックに与えた影響は大きいと思うんだけど~
という質問に対して、メンバーのレイ・マンザレクは、
こう答えていました。
「ドアーズの音楽が影響を与えているとは思えないな。というのは、
パンク・ロックはまったくドアーズの音楽とは異なるからね。
パンクはとても速いし、いつもクレイジーだから。
ドアーズのパンク・ロックへの影響はドアーズの態度とかムードという点から、ミュージシャンに対してかなり強いものがあったと思う。
そしてモリソンがそれらの人々にとって象徴とされていたものは、
自由、「感性の自由」だったんだ。すべての義務や束縛を破ることだった。自由になるために、クレイジーになるために、そしてワイルドになるために。」
~続けて、ジム・モリソンについて~
「ジムは妥協することが出来ない男だった。だから彼は長生き
出来なかったんだ。彼は本当に純粋なアーティストだったよ。
彼は権威に屈服する男ではなかった。権力を持った奴ら、
警察や政府はいつも彼のことを警戒していたよ。そして彼らは、ジムが一人の普通の良いアメリカ人であることを欲していた。
野生の動物を飼いならそうとしたんだよ。彼は野獣だったよ。しかし、彼を飼いならすことはできなかったし、彼は飼いならされはしなかった。
彼は人に妥協する男ではなかった。妥協とはつまり、この社会の方法に従うことだけど、彼は「NO」と言っていた。そして従うことはないだろうと言っていた。彼はいつも社会や権力に対して疑い、指導者たちについても疑問を持っていた。だから決して従わないと言ってた。彼のそういった面がとても魅力的なんだ。なぜなら彼はそういった方法において、とても強烈で、心理的、精神的に、一つひとつ、一人一人に対して物凄く強い男だった。僕は彼のような人を見たことがないよ。」
もし、解散してたり、亡くなっている人たちを含めた、全てのアーティストの中から、一組だけその時代に行ってライヴを観られるとしたら、
俺なら迷わず「ジム・モリソンのいるドアーズ」でしょうね!
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